清野純樹 清野純樹

鈴鹿サーキット 事業推進室 催事企画課 / 2012年入社
ジョブキャリア
2012年7月   ツインリンクもてぎ アクティブ セーフティトレーニング゙パーク(1年5ヶ月)
2013年12月 ツインリンクもてぎ (現)広報宣伝催事課に異動(2年4ヶ月)
2016年4月   鈴鹿サーキット 事業推進室 催事企画課(現職)

きっかけは鈴鹿8耐でした。
正確に言うと、東名のサービスエリアですが。笑

私がモビリティランドを知ったのは、大学2年生の時に鈴鹿8時間耐久ロードレースを見に行こうと思ったことがきっかけでした。当時、埼玉県に住んでいたのですが、バイクで埼玉から鈴鹿まで行ったことを今でも鮮明に覚えています。レースの迫力も、もちろん印象に残っているのですが、最も印象深かったのは、バイクで鈴鹿サーキットに向かう道のりのサービスエリアでのことです。知らない人同士なのに、「8耐ですか?」「まだ道のり長いですね。」なんて、自然と会話が生まれるんです。中にはコーヒーを沸かしている人もいて、「どうですか?」なんて声を掛けてもらったりもして。そこに会話が生まれて、仲間意識が芽生えて、人間関係が築かれることに、なんだか感動しちゃったんですよね。こんなにすごいことをしている会社があるんだって。いま思えばそれが始まりでした。

清野純樹

念願叶って、交通教育インストラクターに。

清野純樹

鈴鹿8耐でモビリティランドを知った私ですが、入社前に最も惹かれた仕事は交通教育に関わる部門でした。知り合いにバイク好きが多いのですが、どうしても事故が起きたり、怪我をしたりするんです。好きなバイクで、好きな人が怪我をするのが本当に嫌で、何か自分にできることはないかと考える中で、交通教育のインストラクターになりたいという気持ちが芽生え始めました。配属について希望は出せるのですが、本人の視野や可能性を広げるために全員が希望通りに配属されるわけではないので、ツインリンクもてぎの交通教育部門に配属が決まった時は本当に嬉しかったです。事故を減らし、車やバイクの運転を楽しむきっかけを作るインストラクターの仕事は楽しくて仕方がありませんでした。一生懸命に勉強をして、少しでも実力をつけようと必死に毎日を過ごしました。しかし、その日は突然訪れました。

そして涙の異動
インストラクターから新米プロデューサーへ。

当社にはジョブローテーションの文化があります。1〜2年したら、経験を広げるために部署を異動するのです。例外なく私にもその日が訪れました。インストラクターとしての力をもっとつけたいという想いがあったので異動の知らせがあった時は、悔しくて泣きました。異動先は広報宣伝催事課という部門でした。任されたのは、「全日本ロードレース選手権」「世界ツーリングカー選手権シリーズ(WTCC)」という2つのレースをコーディネートする役割。かっこよく言えば、プロデューサーです。レースの販促計画やイベントコンテンツを考えて、様々な人の協力を得ながら、お客様に感動を提供する仕事です。異動が決まった時は悔し涙を流しましたが、いまではレースの収益とお客様の満足度を左右するこんなにも責任とやりがいの大きな仕事を任せてもらえて、本当に良かったと思っています。モビリティランドをもっとたくさんの方に知っていただくために、もっともっと経験を積み重ねていきたいと考えています。

清野純樹

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