鈴鹿サーキット ツインリンクもてぎ
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2011年、モビリティランドは創立50周年を迎えました。

モビリティランド50年のあゆみ

第五章 ─ モビリティランド新時代 ─

新時代は、鈴鹿サーキット モートピアの改革から始まった。2000(平成12)年、3才の子どもでも“操る喜び”を体験でき、楽しく交通ルールやマナーが学べる“子どもが主役のまち”<プッチタウン>が誕生した。さらにモートピアは、“コチラファミリー”のテーマゾーン化とともに、ファミリー路線を確立していく。
2006(平成18)年、(株)鈴鹿サーキットランドと(株)ツインリンクもてぎは、合併により(株)モビリティランドとなり、モータースポーツを核としたモビリティ文化の創造により“喜び・楽しさ・感動”を広く社会に提供することを目指した。
2011(平成23)年、ツインリンクもてぎは、東日本大震災により被災し、営業休止を余儀なくされたが、7月2日すべての営業を再開し、9月の<インディジャパン ザ ファイナル>を迎えた。創立50周年を迎えた2011(平成23)年は、ツインリンクもてぎと鈴鹿サーキットが、ともにモータースポーツ業界と一体になった復興支援の取り組みを行い、モータースポーツを通じて日本に“元気”を送った、大きな節目の年となった。

プッチタウン<タウンドライブ>

創業の原点“操る喜び”を再び

2000(平成12)年7月、鈴鹿サーキット モートピアにファミリーを対象とした<コチラちゃんのプッチタウン>がオープンした。マスコットキャラクター“コチラちゃん”が住む町として、3才の子どもでも“自ら操る喜び”を感じ、遊びながらさまざまな体験や安全運転学習ができる“子どもが主役”のプッチタウンは、創業の理念である“操る喜びの提供”への原点回帰であった。
さらにモートピアは、2005(平成17)年4月に子どもの創造性を育み、つくる喜びを体感できる<プートのモビパーク>、7月にプール<アクア・アドベンチャー>を中心に冒険心を駆り立てる<バットのアドベンチャーヴィレッジ>、2007(平成19)年3月には全天候型で3才の子どもでもオートバイに乗れた達成感が体験できる<ピピラのモトフィールド>、2008(平成20)年3月には乗りものを通じて自然に興味を持ち大切さを知る<チララのハローガーデン>が完成。コチラファミリーのテーマゾーン化とともに進化を続け、2010(平成22)年3月のNEW<プッチタウン>誕生につながるファミリー路線となっていく。

(株)モビリティランド、誕生

(株)鈴鹿サーキットランドと(株)ツインリンクもてぎは、2006(平成18)年6月の合併により、Hondaの100%出資子会社(株)モビリティランド(本社:三重県鈴鹿市/本店:東京都中央区)となった。新会社では、モータースポーツを核としたモビリティ文化の創造による“喜び・楽しさ・感動”を広く社会に提供する企業を目指した。
建設中の国道を通行し、スムーズな運行をするシャトルバス
県営施設でのF1デモ走行

地域活性化を目指したF1日本グランプリの再開

2006(平成18)年9月、(株)モビリティランドは「2007年のF1鈴鹿開催を休止し、今後2008年以降の開催を目指す」と発表した。すると直後から、休止を惜しみ再開を望む声が地元・ファン・関係者から湧き起こり、地元メディアをはじめ全国的にも大きく報道された。
20回記念大会となった2006(平成18)年のF1日本グランプリには、3日間で過去最高となる36万1000人が来場した。そのような背景の中、2007(平成19)年9月、「2008年は富士で、2009年以降は鈴鹿と富士が隔年で交互に開催する」ことがFOAと合意された。
鈴鹿再開を待ちわびるファンはもとより、鈴鹿市をはじめ三重県・地元地域の喜びと期待もひときわ大きなものとなり、2008(平成20)年5月、川岸鈴鹿市長(当時)を会長として“鈴鹿F1日本グランプリ地域活性化協議会”(以下 協議会)が発足する。2009(平成21)年のF1を地元地域全体で盛り上げ、成功させることで地域の発展・活性化につなげることを目的とした協議会は、国土交通省・三重県・鈴鹿市をはじめ鈴鹿サーキット近隣5市1町・鈴鹿警察署・鈴鹿商工会議所・自治会連合会・運輸各社など、国・地域行政・民間企業30団体(2011年末現在32団体)で構成され、環境整備・おもてなし・PRの観点からF1受け入れの飛躍的な向上を目指した取り組みが行われた。建設中の国道バイパスを通行するバス専用レーンの開設、インターチェンジ利用の分散化促進、周辺市町の主に小学生を対象にしたF1マシン・ピットの見学、地域市民に広くF1の魅力を紹介するための県営施設でのF1デモ走行や写真展などの多くのプレイベント、専用ホームページの開設、インターネットや地元メディアを通じた観戦客向け情報発信などの協議会の取り組みは、F1再開にあたり“鈴鹿=モータースポーツ都市”の再認識と地元地域の経済効果の拡大にとって欠かせないものとなった。

鈴鹿サーキット 国際レーシングコース・交通教育センターの進化

改修工事前(2006)
改修工事後(2009)
全面改修されたSTEC
“伝統あるコース形状を生かしながらも、見る人・走る人・運営する人にとって、安心・安全でワクワクする世界屈指のサーキット”をコンセプトに、2009(平成21)年4月、鈴鹿サーキット国際レーシングコースが生まれ変わった。
改修工事は2007(平成19)年11月から始まり、モータースポーツに来場するすべての人々(観客・参加者・スポンサー・運営オフィシャル・メディア・出店者)の安全性・快適性・利便性向上のため、観戦・イベントエリアの快適性向上、ピットビルの新築、レーシングコース・パドックにわたる従来にない大規模なものとなった。また、地元の方々・鈴鹿市の理解を得ての農業用貯水池(山田池)埋め立てにより、パドックエリア拡張が可能になった。
また2007(平成19)年8月には、鈴鹿サーキット交通教育センター(以下STEC)が一新した。近年の交通環境の変化と先進安全技術の進化の中、受講者の多様なニーズに対応する新しいプログラムの導入と教育環境の整備により、より安全で豊かなモビリティ社会の実現を目指した。運転習慣チェック・多発事故対応・夜間事故対応・ 安全デバイス体験の4つのプログラムを新たに追加し、それに対応できる研修施設となった。
これらは多発する【出会い頭や追突事故・致死率の高い夜間事故・増加する高齢者事故】に対応する“社会のニーズ”と、【個人に応じたきめ細やかな教育・認知判断ミスへの効果的な教育・進化した車両に対応した教育・安全で快適な研修環境】といった“受講者の期待”の双方に応えていくためのものであった。1964(昭和39)年の開設以来100万人を超える受講生を社会に送り出してきたSTECは、引き続きHondaと共に時代を先取りし、モビリティ社会で暮らすすべての人の安全を追及していく。
小雨の中、お客さまと従業員によるクロージングセレモニー

多摩テック グランドフィナーレ

1961(昭和36)年10月の開場以来、多摩テックはオートバイで走る場の提供と“操る喜び”の拡大を目的に事業を進めてきた。しかし時代の変化とともに、その理念は鈴鹿サーキットとツインリンクもてぎが大きく担うようになり、2009(平成21)年9月30日、すべての営業を終了した。48年間の長きにわたり多くの来場者に親しまれ、2世代・3世代の子どもと大人に“夢”と“操る喜び”を提供し続けてきた多摩テック創業の精神は、鈴鹿サーキットとツインリンクもてぎに継承された。

ファミリーが一緒に楽しめる“モビリティ”の提供を

2010(平成22)年3月、鈴鹿サーキットとツインリンクもてぎは、それぞれの特性を最大限に生かした“モビリティ”の提供に取り組んだ。
①将来を担う子どもたちにモビリティへの興味を醸成する
②交通社会への順応性を育成し、理解の促進に寄与する
③モビリティを通して、子どもの自立と家族の絆づくりに寄与する
これらを共通の役割とし、鈴鹿サーキット モートピアでは満10年を迎えたコチラのプッチタウンがNEWプッチタウンに進化し、ツインリンクもてぎに新しくモビパークが誕生した。
NEWプッチタウン<プッチグランプリ>
モビパーク<アクロエックス>
NEWプッチタウンでは、プッチタウンの乗りものに“感じる・競う・真似る・創る”という子どもが夢中になる要素を取り入れ、子どもと親が乗りものを通して、遊びながら交通安全に対する知識や経験を身につけ、コミュニケーションを深めて家族で協力し合うアイデアを新たに盛り込んだ。中でも<プッチグランプリ>は、国際レーシングコースのミニ版コースに家族が協力しないと速く走れないなどの工夫をとり入れ、レースのホンモノ体験と達成感を親子で一緒に味わえる乗りものとなった。
モビパークは、モビリティやものづくりの楽しさを発見・体験できる「ファンファンラボ」・3歳から乗りものを自分で操れる「プッチタウン」・モータースポーツの世界への入り口となる「カートランド」に、<アクロエックス>など多摩テックの乗りものを継承しファミリーや友達同士で楽しめる「ファンファンフィールド」が加わった新フィールドとなった。鈴鹿サーキット モートピアと同様に、モビリティを操る楽しさや交通ルール・マナーの大切さを体験できるほか、ものづくりを通して子どもたちが夢を創造できる場へと進化した。
そら・たべよ
SUNPOSHUN
ファミリールーム
鈴鹿サーキットでは、レストラン・ホテルにおいてもファミリー化を目指した。2010(平成22)年3月、建造物の耐震対策などの理由からレストラン街<味の街〉の営業を終了し、家族で楽しめる食の空間<S-PLAZA>がオープンした。安全・安心な地元食材を自由で楽しい空間で提供するビュッフェレストラン<そら・たべよ>・リゾート感あふれるオーガニックカフェ<SUNPO>・地元高級食材を一流のシェフが料理する大人のおもてなしに対応したエンターテイメントグリル<SHUN>の3店舗からなる<S-PLAZA>は、鈴鹿サーキットのメインダイニングとなった。また2011(平成23)年2月、鈴鹿サーキットホテル Westのツインルーム全48室をファミリールームにリニューアルした。小さな子ども連れファミリーの声をもとに、安心なローベッド・角のない備品・子ども向けアメニティーに加え、室内には家族で協力して遊ぶ工夫も施した。“家族で一緒に楽しめる”リゾート・鈴鹿サーキットがスタートした。

14年間の感謝を込めて、インディジャパン・フィナーレ

インディジャパン ザ ファイナル「皆様の思いに、ありがとう」
2011(平成23)年9月、ツインリンクもてぎで開催された<インディジャパン ザ ファイナル>では、14年間の集大成として、レースのみならず地元各地でのプレイベントをはじめ、ファンとドライバーのフレンドシップデーや前夜祭・フェアウェルイベントなどの感謝を込めた様々な取り組みを実施した。1998(平成10)年から2002(平成14)年のCART、2003(平成15)年からのインディカー・シリーズによって、ツインリンクもてぎに定着した“アメリカンモータースポーツスピリット=ファンに対するドライバーたちのフレンドリーさ・エンタテインメントとしてのレース・地域や人とのつながりの大切さ”は、インディジャパン終了後もツインリンクもてぎ・鈴鹿サーキットでのレースやイベントに引き継がれていく。
ツインリンクもてぎは、震災を乗り越え“元気”と“笑顔”で復活した

モータースポーツが日本を元気に

2011(平成23)年3月の東日本大震災により被害を受けたツインリンクもてぎは、最大限の安全を確保するために震災後より営業を休止した。停電・断水が続く中、早期の営業再開を目指して懸命な復旧作業を続け、翌4月にコースを除く一部営業を再開、7月2日<全日本選手権スーパーバイクレース>の開催にあわせた“ツインリンクもてぎ元気と笑顔の復活デー”で、すべての営業を再開した。
再開以降、ツインリンクもてぎと茂木町は、日頃より交流のある被災地の小学生を対象に、2011年度の開催全レースにおける招待会を実施した。そこには、モータースポーツの持つ力で“元気”と“笑顔”になって今後の復興の力にしてもらいたい、という願いがあった。また7月に開催された被災地支援イベント“佐藤琢磨と元気に遊ぼう!”には、国内外で活躍するトップドライバーたちも参加し、南相馬市からの招待者を含め約2500人のファンを迎えた。その後も、8月には宮城県の小学生を招いてのEnjoy Honda子どもサマーキャンプ、 9月の<インディジャパン ザ ファイナル>・10月の<MotoGP>においてもドライバー・ライダーたちによる復興イベントが実施された。
「がんばろう!日本」を統一テーマとした、モータースポーツ業界が一体となった復興支援の取り組みは、鈴鹿サーキットにおいても実施され、7月の<"コカ・コーラ ゼロ"鈴鹿8耐>では、宮城県在住の伊藤真一選手が、被災地に元気を送るために復帰参戦し、鈴鹿市が招待した女川町の子どもたちの前で、見事に優勝を果たした。<F1日本グランプリ〉では、FOA代表のB.エクレストン氏が被災地のファン3000人を招待するほか歴代チャンピオン5名のサイン入り絵画をチャリティオークション用に提供し、全ドライバーからは応援のビデオレターが届けられた。小林可夢偉選手が招待した南相馬市の中高生合唱団による“感謝の気持ち”を込めた国歌斉唱は、決勝スタート前の10万2000人の観客の心に響き、フジテレビジョンにより全世界に放送された。
歴代チャンピオンによるオークション南相馬市の中・高生合唱団「MJC アンサンブル」による国歌斉唱
モビリティランド創立50周年を迎えた2011(平成23)年は、モータースポーツが日本に“元気”を送った一年となった。
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