
1973年、産油国の原油価格引き上げで石油危機が発生(第1次オイルショック)、モータースポーツに氷河期が訪れる。
レースを自粛せざるをえない状況に追い込まれ、これを乗り切るため鈴鹿サーキットはモートピアを舞台として1976年「アンデルセン100年祭&デンマークフェア」を開催する。
フェアは、これを契機としてその後5年間にわたり、ドイツ・スイス・オランダ・英国・フランスと、ヨーロッパ各国をテーマとした春の恒例催事となっていき、1979年のオランダフェアからは多摩テックでも同時開催されるようになった。
各国から招いたアーティストや職人のパフォーマンスを軸に、園内全体をテーマ国のカラーとデザインでディスプレイ。さらに物産販売、レストランでの各国メニューの提供、民族衣装を着た従業員によるサービスが展開された。まだ海外旅行が一般的でなかった当時、フェアはヨーロッパの国々の文化に触れることのできる機会として人気を博していく。外国文化へのあこがれという当時の人々の心を突いた、企画の勝利だった。