
1962年4月には、両テックの第二期工事が終わり、自動車遊園地としての営業を開始する。遊戯物には、Honda製のエンジンを搭載した乗り物が用意された。これには、子どもたちに小さい頃からエンジンに親しんでもらい、自ら「操る喜び」を体験することで、クルマファン・Hondaファンを育てるという、藤澤武夫の思いがあった。この頃にはカミナリ族問題も収束を迎えつつあり、営業の軸足を自動車遊園地にシフト。6月に(株)テクニランドと社名変更し、新たなスタートを切る。
1964年には、“見る・聞く・試す”という思想をカタチにした「エンジン教室」を多摩テックで開始する。本物のエンジンを分解・組み立てし、実際に動かしてみるという内容で、学校団体を対象に好評を得た。まもなく鈴鹿サーキットでも開催されるようになり、やがて鈴鹿製作所見学と組み合せた修学旅行プログラムとなって大きな花を咲かせていく。