村田明花

鈴鹿サーキット 事業推進室 広報・宣伝課 / 2010年入社
ジョブキャリア
2010年7月   鈴鹿サーキット モータースポーツ部 企画グループ(1年9ヶ月)
2012年4月   鈴鹿サーキット モータースポーツ部 運営課(8ヶ月)
2012年12月 鈴鹿サーキット 事業推進室 広報・宣伝課(現職)

世界と人をつなぐことができて、
モータースポーツに携わることができる仕事。

父の影響で、子どもの頃から時々F1日本グランプリを見に来ていたので、鈴鹿サーキットには昔から馴染みがありました。何度か観戦に来るうちに、私もレースを見ることが好きになっていました。その際に一度、たまたまチームスタッフのピット作業を生で見る機会があったんです。普段はドライバーやレーシングマシンしか見ることはないのですが、メカニックや広報として裏方で働く人たちを見た時に、こうやってレースを支えている人たちもいるんだと知り興味を持ちました。私は海外にも興味があったので、外国語大学に入ったのですが、モータースポーツへの興味は大学時代も持っていました。就職先を考えるときは、航空会社やホテル、マスメディアなど、いくつかの選択肢はありましたが、世界と人を繋ぐことができる仕事、自分が好きだと思うモータースポーツを支え、多くの方々の感動や新たな出逢いに繋がる仕事ができるということ。この両方を実現できるモビリティランドに入社することを決めました。

村田明花

国際レースをはじめ、様々なレースイベントをトータルコーディネート。
入社1年目からハードな毎日でした(笑)

村田明花

初期配属は鈴鹿サーキットのモータースポーツ部 企画グループ(当時)でした。まさに私が希望していた鈴鹿サーキットと海外とをつなぐ軸になる部門です。国内のレースイベントの企画・運営はもちろんですが、国際レースの開催にあたっては、そういった企画運営に加え海外からチームを受け入れるためにビザの申請、外務省との書類のやりとり、海外チームのコーディネーターとの必要情報・資料のやりとり、統括団体とのやりとりなども担当しました。見えないところでレースを支えるような仕事です。もちろん日常的に英語を使う機会もたくさんあります。まさに鈴鹿サーキットにおける国際レースのトータルコーディネートを上司やグループメンバーと一緒に担当しました。とてもハードでしたが、すごくやりがいがあって、楽しかったです。学生の頃に偶然、目にしたレースを裏方として支える仕事の奥の深さをまさに経験させてもらいました。当時は必死過ぎて、そんな感慨にふけっている余裕はありませんでしたが(笑)。

モビリティランドを世界へ。
それが私の目標です。

私は現在、広報・宣伝課という部門にいます。この部門に異動してきてからはじめは広報を担当しました。モートピアとリゾート、交通教育センターを主で担当しながら、エキスパートの先輩の下でモータースポーツを担当するという鈴鹿サーキット4事業全てを領域にした業務でした。メディアの取材を受付けたり、雑誌などのパブリシティ掲載のための対応をしたり。海外からのメディア対応も担当しました。いまは同じ広報・宣伝課の中で宣伝の仕事をしています。リゾートとモートピア、交通教育センターの宣伝担当として、広告会社と連携してCMを制作したり、WEBサイトを立ち上げたり。これまで、色々な仕事を経験させてもらい、かなりハードな毎日ではありましたが全部楽しいですね(笑)。それは、ここで働くうちにモビリティランドにある沢山の魅力を感じてきたからだと思います。もちろん、最初は心の中で「絶対モータースポーツがいい」と思っていたことは事実です。ですが、どの部門に行ってもモビリティランドの魅力を伝えることに変わりありません。様々な業務が存在するモビリティランドですが、軸は一つ「モビリティのテーマパーク」ということ。そのことをしっかり理解し積極的に取り組めば、年齢を問わず、どの部門でも責任ある仕事を任せてくれます。チャレンジを楽しめる会社です。でも、やっぱり、お客様に「モビリティランドに来てよかった」「楽しい」と言ってもらえることが一番嬉しいです。私のこれからの目標はモビリティランドのブランドを世界に発信し、世界中の人にモビリティランドを好きになりご来場いただくことです。

村田明花

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