信清友邦

鈴鹿サーキット モートピア事業部 販売課 課長代理 ※鈴鹿サーキット リゾート事業部 料飲課にてアルバイトを経験後社内正規登用制度にて、2004年に入社
ジョブキャリア
2004年4月   鈴鹿サーキット リゾート事業部 料飲課(2年7ヶ月)
2006年11月 鈴鹿サーキット モータースポーツ部 運営課(1年5ヶ月)
2008年4月   鈴鹿サーキット モータースポーツ部 モータースポーツ催事担当(3年2ヶ月)
2011年6月   鈴鹿サーキット モートピア事業部 モートピア課へ異動(4年1ヶ月)
2015年7月   鈴鹿サーキット モートピア事業部 販売課(現職)

レーサーになるために、
北海道から鈴鹿サーキットへ。

私は北海道出身なのですが、高校を卒業してからレーサーになるために地元を離れ、鈴鹿サーキットにある鈴鹿サーキットレーシングスクールというレーサー育成のための学校に入学しました。18歳から3年間、そこでレーサーになるための訓練を受け、学校を卒業してからは、レーサーとして4年間活動しました。レースに出るにはお金がとても掛かるので、お金を貯めるためにアルバイトをしていました。その時に働いていたのが鈴鹿サーキットのレストラン部門だったんです。レースに勝って賞金を獲得することもありましたが、残念ながら、そんなに才能がなかったので、途中でお金が尽きてしまいレーサーを引退せざるを得なくなりました。北海道に帰ろうかとも思ったのですが、ちょうどその頃、ステップアップ制度(正社員登用制度)というものができたのでチャレンジしたら、運良く合格し、正社員として働くことになったんです。

信清友邦

レーサーだった自分が、
今度はモータースポーツの裏方に。

信清友邦

もともとレストラン部門でアルバイトをしていたので、社員になってからはじめの所属もレストラン部門でした。しかし、2年半が過ぎた頃、モータースポーツ運営課(当時)というレース運営を担当する部門に異動することになったんです。サーキットにはレーサー時代の知人がたくさんいるので、私と顔を合わせると「なんで裏方やってるの?」と驚かれることもありました。私自身もレーサーをしていた時は、まさか裏方の仕事をするとは思ってもいなかったので、はじめは戸惑いもありましたが、やはりレースが好きなので、すぐに馴染むことができました。レース運営の仕事を1年半経験した後に、今度はレースを企画する部門に異動になりました。よりたくさんのお客様に喜んでいただくためにレースを企画するプロデューサーを任されたり、レース中継などのディレクションを担当したり。レーサーとして運転席から見るサーキットとは、まったく異なる景色がそこにはありました。

すごく良い会社だと思う。だからこそ、
この会社のブランド価値をもっと高めたい。

私はその後、遊園地部門に異動になり、そこで4年間ほど仕事をし、現在は販売課という部門にいます。ミッションは、鈴鹿サーキット内で販売している商品の企画とマネジメントです。グッズショップやファストフード店も管轄になるので、アルバイトさんも含めると100名以上をマネジメントする仕事です。モビリティランドには様々な部門・仕事がありますが、すべての仕事に共通しているのは、「お客様に喜んでいただくために企画をする」という点です。現状を正しく認識して、課題を見つけて、解決策を立案する。モビリティランドの面白いところは、自分たちで企画して、自分たちで販売までできるところですね。言ってみれば、ビジネスの面白さを丸ごと味わえる環境がある。しかも、手を挙げればどんどん任せてもらえる。この年齢でこんなことを言うのも少し恥ずかしいですが、すごく良い会社だと思うんです。だから、この会社をもっともっとたくさんの方に知ってほしい。モビリティランドのブランド価値を高めたい。それが私のこれからの目標です。

信清友邦

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