広報発表
 
 Golden year of American Racing 〜 アメリカン・インディカー黄金時代を築いた一人、ハリー・ミラー 〜 
インディの最初の10年間は、プジョーやメルセデスといった欧州マシンがレースシーンを席巻していた。しかし、やがてアメリカには、ルイ・シボレー、デューセンバーグ兄弟、ハリー・ミラーなどの優れたエンジニアが相次いで登場し、1920年代に入ると、彼らのマシンが勢力を伸ばしていった。中でも、ハリー・ミラーが設計・製作したマシンは、20年代のアメリカにおける最も先進的なレーシングカーだった。
 
MILLER FRONT DRIVE SPECIAL(1925年)
インディ史上初の前輪駆動車。ハリー・ミラーが開発。一時トップを快走し2位でチェッカー。前輪駆動の速さは大いに注目を集めた。
  ドライバー : デイブ・ルイス(Dave Lewis)
シャーシ : Miller front drive
エンジン : 122-cubic-inch 8-cylinder “in line” Miller supercharged
スタート順位: 5位、決勝順位: 2位
 
ハリー・ミラー(Harry Miller) ※写真右
アメリカのレースシーンを席巻した天才エンジニア。エンジンは勿論、前輪駆動などの革新的マシンを開発。また、インディの次世代を担う優秀なエンジニア、オッフェンハウザーやグーセンらを育てた。
フレッド・オッフェンハウザー(Fred Offenhauser)
  1913年よりミラーの元で働き始め、オッフィー(オッフェンハウザーエンジンの略称)を世に送り出した。
レオ・グーセン(Leo Goossen)
  オッフィーの設計者。多くのエンジン開発に携わり、アメリカのレースシーンに多大な功績を残した。
ハリー・ミラー(Harry Miller)
ハリー・ミラー(Harry Miller)
デイブ・ルイス (Dave Lewis)
  ミラーの義弟。1925年、展示車両をレース終盤までドライブし、2位に入った。
ジミー・マーフィー(Jimmy Murphy)
1922年、ミラー製エンジン搭載車をドライブし優勝。ミラーに前輪駆動マシン開発を依頼したが、残念ながら彼自身は1924年のダートレースで事故死してしまったため、ドライブできなかった。
 
 The time of roadster 〜 ロードスターの生みの親、フランク・カーティス 〜 
1946年、スピードウェイの新経営陣、トニー・ハルマンとウィルバー・ショウが、戦争のため42年から中止されていたインディを再開。そして次代のマシン「ロードスター」を開発する、フランク・カーティスのインディ挑戦が始まった。彼は、それまでの主流であった大型前輪駆動車とは正反対の軽量コンパクトな後輪駆動車を開発。市販スポーツカーを思わせる外観からロードスターと呼ばれた。
 
CUMMINS DIESEL SPECIAL(1950年)
フランク・カーティス設計のシャーシにカミンズ製ディーゼルエンジンを搭載。他の出場車両は全てオッフィ搭載という状況で孤軍奮闘した。
  ドライバー : ジミー・ジャクソン(Jimmy Jackson)
シャーシ : Kurtis-Kraft K3000 series
エンジン : 401-cubic-inch 6-cylinder Roots-type supercharged Cummins Diesel
スタート順位: 32位、決勝順位: 29位
 
フランク・カーティス(Frank Kurtis) ※写真右
ロードスターの生みの親。後のロードスター時代の幕を開いた。
トニー・ハルマン(Tony Hulman)
  私財をも投じ、戦争で荒廃したスピードウェイを蘇らせた新オーナー。
ウィルバー・ショウ(Wilbur Shaw)
  インディを3度制した名ドライバー。ハルマンから社長兼総支配人に任命され、インディの復活に尽力した。
ジミー・ジャクソン(Jimmy Jackson)
  1946年にルーキーで参戦し2位を獲得。展示車のドライバー。
フランク・カーティス(Frank Kurtis)
フランク・カーティス
(Frank Kurtis)
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